1987年〜 代沢スタジオ時代



 日本では初めての試みでもある、24時間放送のキリスト教専門ラジオ局「フレンドシップラジオ」(略称FR)は、
 東京都世田谷区代沢5丁目のTEAM宣教団本部オフィス内のスタジオから、その第一声を発しました。

 その当時のFRを連想するキーワードは、「日本初」「有線+ミニFM」「24時間放送」「生放送」「CCM」。
 誰も経験したことのない未知の分野にその歩みを進めたフレンドシップラジオとその仲間たちが、祈りながら懸命に、
 放送を継続させ前進させようとの活気に溢れた時代でもありました。




1989年〜 和泉スタジオ時代



 TEAM宣教団本部オフィスが代沢から三鷹に移転することに伴い、FRスタジオも移転することになりました。
 創設者のタイガート先生がご自身で東京都杉並区和泉4丁目のTEAM宣教師館2階部分を改装して、スタジオとオフィス
 が設置されました。宣教師館には、オーストラリアから来られたホワイトヘッド先生ご夫妻(TEAM)がお住まいでした。
 放送機材の技術サポートをホワイトヘッド先生、会計担当にはエプリー先生(TEAM)、そしてタイガート先生不在中の
 スタッフサポートのためにランディス先生(TEAM)が来て下さいました。ランディス先生は夜間英会話教室を開いて、
 その収入を献金し支えて下さいました。近くの和泉福音教会の西先生や遠藤先生の聖書メッセージも大好評でした。

 その当時のFRを連想するキーワードは、「モデル教会」「PR」「タイガート先生の召天」「10周年記念」。
 一番長く活動の拠点として使用させていただいた和泉スタジオ。創設者タイガート先生の闘病中のご奉仕が、今現在の
 活動の基となっています。阪神淡路大震災当日、軽井沢での埋葬に出席したことを昨日のように思い出します。





1998年〜 あたごスタジオ時代



 和泉宣教師館の整理に伴い、FRは埼玉県新座市あたご3丁目のTEAM宣教師館2階に移転することになりました。
 宣教師館にはラッド先生(TEAM)ご一家がお住まいで、ご子息共々移転作業を手伝って下さいました。
 FRデジタル化を進める手助けをしてくれたのが、セランダー宣教師(TEAM)。現在も様々な手助けと実務を担当して
 下さり、とても感謝しています。
 また、遠距離であるにも関わらず、渡辺先生や玉井先生そして宮地さんたちが収録のために定期的に来局して下さり、
 番組を制作することができました。 ビー・ジャパン顧問の嵐先生と岩井先生は、近隣教会の牧師だったこともあり、
 この頃から様々なご協力を仰ぐようになりました。

 当時のFRを連想するキーワードは、「収録中のノイズ対策」「デジタル化」「90才リスナー」「HP開設」「Y2K」。
 いろいろな変化の中で、知識と技術の蓄積を重ねた時期でもあり、その経験が現在の放送にも活かされています。




2005年〜 お茶の水スタジオ時代



 フレンドシップラジオの運営と管理が、TEAM宣教団とアメリカの宣教団体 Back to The Bible が出資した新しい法人
 ビー・ジャパンに移ることが決定。東京都千代田区神田駿河台にあるOCCビル6階に活動拠点が定められました。

 当時のFRを連想するキーワードは、「コーポレート・ガバナンス」「多角化」「マネジメント」「ビジョンの喪失」。
 このキーワードを見て、これの一体どこが宣教団体なのだろう?と、暫し絶句・・。
 ビルの度重なる停電が放送業務に影響する等、移転を検討。アメリカの経済情勢がその背中を押してくれました。




2008年〜 練馬仮スタジオ



 とりあえず民家の一室を借り受けて放送を継続し、物件をリサーチすることになりましたが、その後リーマンショックが
 発生。アメリカ本部も経済情勢の影響を大きく受けることになり、以後様々なリストラ策が実行されています。
 そうしたことにも対応せざるを得なくなり、仮スタジオのまま現在に至っています。

 現在のFRを連想するキーワードをいろいろと書き出してみましたが、個人的なことばかりでよくまとめきれませんでした。
 強いて言葉にするとしたら、「原点回帰」「宣教の復興」「信仰のみによる前進」とでもなるでしょうか。
 移転以来、様々なコンテンツを模索してきましたが、結局のところ「みことばによる宣教」に尽きると感じています。





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